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ピエール・フルニエによるバッハの無伴奏チェロ組曲(1959)

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好感度  ■■ ■ ■ ■ 1959年のジュネーブでのライブ録音。放送局の録音で、モノラルながら鮮明。 フルニエは、翌1960年に、同曲をセッション録音している。 録音時期が近いだけあって、フルニエが描き出す作品像は似通っている。 :::::::::: メインのフレーズをくっきりと流暢に浮かび上がらせる一方、サブの音は簡潔に軽く扱っている。 コクはあるけど粘らないみたいな、この人一流のセンスの良い歌い回しは、ここでも味わえる。 ただ、生演奏ということなのか、セッション録音と比べると、歌い方に熱がこもっている。髪を振り乱すような情熱的な所作ではないものの、演奏者の投入感は如実。 もともと熱さが“売り”の演奏者ではないと思うので、この熱気をどう聴くかは人それぞれだろうけれど。 それはそれとして、セッション録音では整えようとする演奏者の意識を感じたけれど、こちらでの弓使いはもっと思い切りが良い。両者を比較すれば、こちらの方に好感した。 :::::::::: もっとも、音楽の流れをスッキリと処理する演奏スタイルのせいで、他のすぐれた演奏と比べて、多彩さという意味では弱い。 チェロという渋くて、独奏するには何かと不自由な楽器を、どこまで豊かで多彩に響かせることができるか、という視点で聴くと、この演奏スタイルは分が悪い。

クナッパーツブッシュによるワーグナー楽劇『ワルキューレ』(1958)

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好感度  ■■ ■ ■ ■ 1958年バイロイト音楽祭の『ニーベルングの指環』ライブ録音から。 歌唱陣は、ヴィントガッセンとか、ヴァルナイとか、ホッターとか、当時のトップスターたち。 ちなみに、クナッパーツブッシュは、1951,1956,1957,1958年とバイロイトで『ニーベルングの指環』を指揮したようだ。 つまり、この録音が、バイロイトでの最後の指輪になる。 :::::::::: 軽くて柔らかい音の出し方だけど、量感豊かに響かせる。包み込むような音響で、よくも悪くも刺激的な成分は薄い。随所で“静けさ”を覚えるくらいで、このドラマティックで生々しいワルキューレの音楽としては、かなり独特。 テクスチュアは明快で、ディテールのニュアンスを光らせつつ、すべての音があるべきところに収まっているように盤石。 他と比べるとテンポはやや遅めだけど、こういう質のサウンドで、テクスチュアを浮かび上がらせるなら妥当な設定。よって、全般的には遅いと意識させない。 ただし、ちょいちょいテンポを落として、音楽を漂わせるのは独特。 と言っても、その所作はあくまでも自然。聴手に対する煽りではなく、クナッパーツブッシュ自身が虚心に音楽に浸っているような風情。 楽曲を完全に消化して、己の音楽としてやっている感じ。 誰もが到達できるわけではない、高みに達した演奏という手応え。 もっとも、だからと言って、聴いていて面白いとは限らない。 ここまで指揮者の体臭が強くなると、聴き飽きるのも意外と早い。 曲の成り立ちを素直に引き出した演奏が恋しくなる。 :::::::::: 味わいは1957年の録音近いものの、あちらは、中庸の枠内に踏みとどまっていたと思う。 1958年の方は、クナッパーツブッシュが楽曲を知り尽くし、掌握しきっている様子はまざまざと伝わってくるけれど、『ワルキューレ』としては相当に異色。