ケンペによるワーグナー楽劇『ワルキューレ』(1961年バイロイト音楽祭)
ルドルフ・ケンペは、1960〜1963年に、バイロイト音楽祭で『ニーベルングの指環』を指揮。ここでとりあげる音源は1961年のもの。
バイエルン放送所蔵のオリジナル・テープからのマスタリング。モノラル録音。楽曲を堪能できる音質ではないけれど、演奏者がやっていることはある程度わかりそうな水準。
【感想】
バイロイト音楽祭では、1958年まで3年連続でクナッパーツブッシュが『ニーベルングの指環』を指揮。1959年はお休みで、1960年からケンペに交代。
この当時のケンペは50代の初め。戦後バイロイトの大立者クナッパーツブッシュの後ということで、プレッシャーもただ事ではなかっただろうけど、素晴らしい仕事をしていると思う。
狙ってやっているのか、自然にやっているのかはわからないけれど、アプローチはクナッパーツブッシュと対象的。管弦楽の主張は控えめ。歌手がメインで、管弦楽は伴奏に徹している。歌を邪魔しないように、注意深くコントロールされている。
ワルキューレの騎行の場面でも、歌があるときは管弦楽はあくまでも支え役に徹している。歌が切れたときには、ダイナミックに切り込むけれど、歌が入る直前にササッと引いてしまう。
そんなスタイルにもかかわらず、ケンペの存在感はすこぶる大きい。若々しくとかっこいい。そして洗練度が高い。
管弦楽に注目して聞くと、スムーズに流れながら、その中で細やかな表現が繰り広げられていく感じ。こういう言葉遣いをすると軽量級のように思われるかもしれないけれど、たとえば重苦しい第2幕では、管弦楽が歌唱に奥行きをもたらしていて、シリアスなドラマがじっくりと描きあげられている。
激情が爆発する場面では、簡潔な表現だけど、とにかく歯切れがよくて瞬発力に富んでいる。その瞬間のエネルギーと切り込みは凄いけれど、サッと引き上げるので、円滑な進行を歪めることはない。トゲトゲしさやゴツゴツ感もない。
ケンペには、この曲のコヴェントガーデン・ライヴ(1957年録音)があるけれど、今回取り上げている演奏の方がずっと尖っている、と思う。
そんな感じで、冒頭からフィナーレまで、テンションと精度が一貫している。聞き進むうちに、ただごとではなくなってくる。
ヴォータンの告別の導入部前後はしびれた。ブリュンヒルデを歌うヴァルナイは、気合十分で凄みのある追い込みを聞かせてくれる。たぶん、この頃には声の盛りは過ぎていたのだろうが、怒涛の切込みを聞かせる管弦楽を背景に、渾身の歌唱を聞かせてくれる。ヴォータンを演じるハインズは、ところどころ音程が揺れているように聞こえるけれど、声量豊かな風格のある歌唱。
ケンペの流儀は、押し出しの良い立派なワーグーナーを聞きたい人たちには、物足りないかもしれない。しかしこの演奏が、クナッパーツブッシュが遺したバイロイトでのリングの録音より劣るという人がいたら、それはただの偏見と先入観だと思う。

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